教育事情

1921年の人民革命後、ソ連の学校教育制度が模倣され、10年制の普通教育学校が導入された。(10年制はさらに1年生-5年生、6年生10年生で2分されている。)

社会主義期の教育の特徴

モンゴル文字の廃止
 1942年、古くから使用されていたウイグル式モンゴル文字(縦書き)が廃止され、キリル文字(ロシアで使用されている文字・横書き)が採用され、以降すべての印刷物において、キリル文字による表記となる。モンゴルの最も有名な文学者・作家の一人、Ts.・ダムディンスレンが、キリル文字表記の正書法を考案。

ロシア語学習の必修化
2年生から10年生まで必修とされた。モンゴルは社会主義期、ソビエトの社会主義陣営の中で、「衛星国」と称されるほどの影響下にあった。

チンギス・ハーンの否定
歴史の教科書の中で、チンギス・ハーンは否定的にとらえられ、教えられなかった。

民主化以降の教育の特徴

モンゴル文字の復活
現在教育現場では、社会主義きに廃止されたモンゴル文字教育が必須とされている。
(週1時間)当初は、モンゴル文字の完全な復活が見込まれていたが、キリル文字による読み書きの方が依然として主流である。

外国語教育の変化
社会主義期に必修とされたロシア語学習は1999年までで終わり、その後は英語が必修教科となる。その他人気のある外国語は、日本語、韓国語、中国語など。

チンギス・ハーンの復活
歴史の教科書から末梢されていたチンギス・ハーンは約70年ぶりに日の目を見る。
 現在、さまざまな施設や流通品に「チンギス・ハーン」の名が冠されている。2007年の建国800周年では、国際空港が「ボヤント・オハー」から「チンギス・ハーン国際空港」に改名され、ウランバートルの中心に位置する政府庁舎の前には、大きなチンギス・ハーン像が建設された。

所得格差による教育の不均衡
社会主義崩壊後、職を失う人が急増したことで、学校に通えない子どもが続出した。また、両親の失職、アルコール中毒などの困難な家庭事情により、家出をする子どもも続出し、彼らは「マンホール・チルドレン」と呼ばれる。
社会主義期には、かなりの高さを誇っていた識字率も低下している。

私立の教育機関の乱立
 幼児教育から、大学まで、現在モンゴルではさまざまな私立学校がたてられている。
富裕層の親たちは、教育科目や設備、環境などから、私立学校へ通わせることが多くなってきた。

その他 教育・子どもに関する主なデータ

識字率 (UNESCO)
成人識字率 97.8%(2000) 97.5%(2005) 97.3%(2007)
青年識字率 97.7%(2000) 96.1%(2005) 95.4%(2007) 

出生率 21.05 / 1,000人 (日本2007年出生率 1.34)(CIA2009年推定)

幼児死亡率 39.88 / 1,000人(CIA2008年推定)

教育への消費率 GDPの5%(CIA2004年)

参照
[UNESCO Institute for Statistics database]
http://www.uis.unesco.org/pagesen/ed.htm
[CIA World Factbook]
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/mg.html