マンホールチルドレンとは

マンホールチルドレンとは?
マンホールチルドレンとは、文字通りマンホールで生活している子ども達のことです。
『モンゴル』というと大多数の方が青々しい草原を思い浮かべると思いますが、真冬には気温が−30℃にまで下がる極寒の地です。行き場を失った子ども達がマンホールで暮らしています。マンホールの中には温水供給パイプが通っていて地上よりも暖かいからです。
しかし、マンホールは汚水が漏れている所、虫が湧いている所があるなどその環境は劣悪で、子ども達は常に感染病や皮膚病の脅威にさらされています。

社会的背景
モンゴルは1924年から約70年に渡って社会主義国でした。COMECON(社会主義国の経済協力機構)に加盟し、ソ連から多額の資金援助と技術協力を受けていました。ソ連の援助はモンゴルGDPの30%を上回り、多数のロシア人が国営企業の経営を支えていました。また、モンゴルは工業製品をCOMECON諸国に輸出し、経済を安定させ, 教育や社会福祉の面で世界的にも高い水準を達成していました。文化面でもソ連化を進め、モンゴル語の表記を、チンギス・ハン時代からのモンゴル文字から、ロシア語と同じキリル文字への切り替えを強行し、エリート層の多くがソ連への留学を行いました。
しかし、1991年のソ連崩壊とCOMECON解体の影響を受け、1992年にモンゴルは民主化、『モンゴル国』へと国名を改称し、新憲法を制定し、完全に社会主義体制が崩れました。
ソ連崩壊とCOMECON解体により、モンゴルへの支援は途絶え、モンゴル経済は壊滅的状況に追い込まれました。
真っ先に社会福祉が削られ、国営企業は民営化する際に大規模な人員削減を行い、企業倒産も相次いだことから失業者が急増しました。当時の失業率は60%とも言われました。また、アルコール中毒者が急増し、子どもへの虐待が社会問題化しました。

子ども達がマンホールで暮らしている理由は?
理由は様々です。親が病気で亡くなり1人ぼっちになってしまった、親はいるけれど貧しさゆえに捨てられた、失業した親がアルコール中毒となり子どもに虐待を繰り返すため家から逃れてきた等です。どの様な理由であれ、モンゴルの社会状況が大きく影を落としていると言えます。

マンホールチルドレンの衣
マンホールで暮らす子ども達は着の身着のまま暮らしです。洋服をマンホールの中に置いていたら盗られてしまう可能性が高いので、必要な分は常に身につけています。洋服はNGOの施設からもらったり、捨てられていたものを拾ったり、どうしようもなければお店から盗んだりと様々な方法で仕入れています。
マンホールの様子その1

マンホールチルドレンの食
ほとんどの子ども達が3人〜5人でグループを組んで生活しています。
5〜10歳の体格が小さい子どもがいるグループは、小さい子に物乞いをさせたり、歌を歌ってお金を稼がせます。その間、他の子ども達は近くで遊びながらその子の様子を見守っています。そして、1日の収入を皆で分け合って食料を買います。
10歳〜18歳の年齢で構成されたグループは、市場でのモノ運び、車拭き、ガム売りなど単発の仕事を探して生活の糧にします。
女の子は仕事に就くのが難しいため、レストランやホテルのゴミ箱から食べられそうなものを拾ったり、外国NGOのお弁当の配給を頼りに生活しています。

マンホールチルドレンの住
学校には行っておらず、日々の生活は働くか遊んでいるかのどちらかです。夏の暖かい時期は公園や広場で寝泊りし、冬の寒い時期だけマンホールで暮らしています。
就寝時は、温水供給パイプに抱きついたり、パイプとパイプに板をひっかけてベッド使用にしたりしています。
寝静まった頃に、鼠や虫が子ども達の耳たぶや唇を噛む等して、病気にかかってしまうこともあります。
マンホールの様子その2

国やNGOの取り組み
マンホールから子ども達を保護するために、都市には孤児院が多数設置されました。2010年現在、政府系と民間NGOをあわせてモンゴルに孤児院は43施設あります。ウランバートルにある子ども住所確定センターは日常的にマンホールや路上を見回り、子ども達を保護する活動を行っています。保護された子どもは2週間〜1ヶ月センターで身元調査を行われ、身寄りのある子どもは親元へ、身寄りのない子どもは孤児院へ保護されます。モンゴル第二の都市ダルハン市では、マンホールに蓋をつけ南京錠をかける取り組みを行っています。
以上のように、国をあげて子ども達を保護する取り組みを行っており、1990年代には3000~4000人いたといわれているマンホールチルドレンは、数百人にまで減りました。

新型マンホールチルドレン
孤児院で暮らすことが出来るにもかかわらず、マンホール暮らしを自ら選ぶ子どもがいます。
43孤児院があるといっても、その住環境は様々です。
集団生活に馴染めなかったり、孤児院の規律に従えなかったり、孤児院内でのいじめの被害にあう等して、孤児院よりも路上での暮らしを選ぶ子ども達がでてきています。

マンホールアダルト
近年、マンホールに家族連れや青年達が住む姿が目立つようになってきました。
ウランバートル市の青年孤児院・職業訓練所の調べ(2010年)では、マンホール等で暮らすホームレスの大人の数は2,000人を越えたといいます。
子どもの頃に孤児院に保護されたとしても、法律により、高校を卒業した後は、孤児院を出なくてはなりません。
進学をしたくても、学費・寮費・生活費をフルでサポートする奨学金は無いに等しく、
就職をしたくても、労働需要の絶対数が少ないモンゴルでは、高卒で働ける機会は非常に限られています。 レストランやスーパーで働くにも競争があり、コネクションが必要とされます。
孤児院運営の都合上、行き場がなくても卒業させる所が殆どですが、 その結果
マンホールでの生活に逆戻りしてしまって貧困から抜け出せなくなったり、女性の場合だと性犯罪に巻き込まれたりすることもあります。
また、運よく職につき、家庭ができたとしても、低賃金のため子どもを養えないという人も多くいます。
結果、子どもを孤児院に預けたり、あるいは子どもがマンホールでの生活を余儀なくされる場合もあります。
マンホールから出た子ども達が再び元の生活に戻り、更にマンホールの中で子どもを産み子育てが出来なくなる、
貧困のサイクル(下図参照)が起きています。

貧困のサイクル

参考:
外務省ホームページ http://www.mofa.go.jp/Mofaj/area/mongolia/
JICA国際協力研究所 http://www.jica.go.jp/kokusouken/enterprise/chosakenkyu/
モンゴル政府ホームページ http://gate1.pmis.gov.mn/